昭和時代 「なんとかブーム」というのが度々発生した。
古くは「ダッコちゃんブーム」「原宿ブーム」「美智子さんブーム」
自分の知らない時代から 多くのブームが発生しましたが、
ある世代の男の子にとって 忘れられないのが
フェラーリ、ランボルギーニ、ポルシェなどに代表される
「スーパーカーブーム」
今回の昭和の壺では
キミは風吹裕矢の走りを目撃したか? スーパーカーブームと「サーキットの狼」の話
と題してスーパーカーブームについて深掘りしましょう。
最後まで読んでいただけたら幸いです。
スーパーカー
スーパーカーとは何か?
スーパーカー(supercar)とは、自動車のカテゴリのひとつである。主に高性能、高価格で特徴的なデザインのスポーツタイプの自動車に用いられる呼称だが、厳密な定義はない。
感覚として 欧米のハイスペックでハイスピードで一般的に高価格な自動車である。
多くは、デザインが尖っていることが多い
昭和の男の子達にとっては、そんな曖昧なことではなく
少年ジャンプに掲載されていた
「サーキットの狼」に登場するクルマと言っていいだろう。
フェラーリ、ランボルギーニ、ポルシェ、ロータス、ランチアなどがその代表であるが、最近の高級車のように 決して快適で速い というものではない。
サーキットの狼ミュージアムもあるので実車を観たい方はぜひ来館してみてください。
所在地
・住所:茨城県神栖市息栖1127-26
・「池沢早人師・サーキットの狼ミュージアム」
・TEL:0299-95-5550 FAX:0299-92-9870
サーキットの狼
スーパーカーブームは、間違いなく
「サーキットの狼」という少年ジャンプ連載の漫画である。
『サーキットの狼』(サーキットのおおかみ)は、1970年代に池沢さとしが発表した、スーパーカー、4輪モータースポーツを題材にした漫画作品。1975年から1979年にかけて『週刊少年ジャンプ』(集英社)で連載され、続編に『サーキットの狼II モデナの剣』『21世紀の狼』がある。
ウィキペディアでは、「4輪モータースポーツを題材」としていますが、発端は、公道を爆走する「高級スポーツカー」の暴走行為である。
公道を走るスポーツカーが、制限速度など守ることもなく 時速300Km近いスピードでかっ飛ばす。
という現在では。「コンプライアンス」にひっかかかまくりで 連載などできないだろう。
でもね 夢のスポーツカーが、そのスペックを余すこともなくかっ飛んで行くって ロマンあるんだよね。
子供達は、熱狂し 登場してくるスーパーカーの大きさ、排気量、最高スピードなど暗記するほどハマっていました。
『少年ジャンプ』の看板マンガとしての地位を確立
2011年時点で復刻版を含めた単行本の累計発行部数は1800万部を突破
累計売上からも半端ない漫画だと思います。
スーパーカー消しゴム
昭和の時代 当時の金額で数千万円以上のスポーツカーなど購入できるわけもなく、子供達はミニカーやスポーツカーを形取った消しゴムが大ブレイクしました。
特にスーパーカー消しゴムは、正々堂々と学校に持ってこられる という文具ということもあって 男の子達はみんな持っていたと思います。
自分も ロータスヨーロッパ、ランボルギーニ カウンタック LP400、フェラーリ BB31 など 集めていました。
特に ランボルギーニ カウンタック LP400/500 は、未来的なデザインやガルウィングなどで大人気でした。
潮来のオックス
自分は、茨城県潮来町(現:潮来市)出身で潮来のオックスこと関根看板屋さんがあったのでスポーツカーは身近でした。
めちゃくちゅ田舎なのに ブームの頃小さなゴルフ場でスーパーカーショーなどがよく開催されていました。
身近に漫画で出てくるスポーツカー達に出会えたというのも 関根看板屋さんが、ネオンをいち早く日本に導入し、そのおカネでオーナーがスポーツカーを収集していたということで原作者の池沢さとしと交友があったらしいです。
※漫画には、イオタが登場しますが、イオタは伝説のモデルで現在存在しているかどうかは不明
ランボルギーニミウラ(と思う)とか実物をみることができた幸運なスポーツカー少年だった。
公道が終わる頃ブームは去って行く
『サーキットの狼』の物語は、公道レースからサーキットに舞台を移す。
主人公をはじめ プロのドライバーとしてF1を目差すというストーリーになって行く。
しかし、1975年(昭和50年)からはじまった スーパーカーブームは、連載がサーキットになるあたありから下火となりはじめ やがて静かにブームが去って行く。
スポーツカーを自在に乗りこなすのは、一般ドライバーには手に負えないため転売され
投資目的で購入された当時のスポーツカーが巡り巡って最近オークションなどに出てきますが、当時輸入されたものが多いと言われています。
リアルを追求
レース漫画で有名だった「マッハ Go!Go!Go!」などは、架空のクルマだったのですが、『サーキットの狼』には、実際のスーパーカーが描かれている。
物語には、スポーツカーの歴史、スペックなどが描かれ、コーナリングでのテクニック(4輪ドリフト、慣性ドリフト、多角形コーナリング他)も実際に使われているものです。
※ジャンピング・ターン・フラッシュは、唯一の架空テクニック
コースに関してもサーキットだけではなく、公道レースも実在する道がモデルとなっていた。
登場人物の何人かは、実名だったりモデルの人が存在している。
風吹裕矢の姉 ローザ(小川ローザがモデル)だったり
潮来のオックス(セキネネオン社長:関根英輔)など 作者の交友関係者も多い。
星野一義なども実名で登場している。
また、スポーツカーのナンバープレートも実際に作者の所有しているナンバーだったり、物語に登場する喫茶店や企業の多くが実名であった。
この「リアル」な描写が大ヒットに繋がったと思われます。
漫画終了
『サーキットの狼』は、ストリートからサーキットに舞台が変わり、主人公達は欧州で走り始める。
F3,F2,F1へとステップアップするなかでF1にたどり着いた風吹裕矢が優勝するか? というところで物語の終了となります。
プロレースになってからは、物語の進行が早まりブームの終演とともに最終回を迎えたと考えられます。
実写化
1977年8月6日に『トラック野郎・度胸一番星』と同時上映で公開されている。
配給収入は10億9000万円。
また オリジナルビデオとして
1992年「ACT1」「ACT2」の2本立てで公開されている。
ブーム後の話
カーレースや公道レース漫画は、「グランプリの鷹」(※エヴァンゲリオンでマリが歌っていた)「マシンハヤブサ」「F」や後の「湾岸ミッドナイト」「イニシャルD」「カウンタック」などに引き継がれて行く。
しかし、『サーキットの狼』のようなスーパーカーでレースをするというのではなく、国産車中心となり、峠、首都高など限定された話になっている。
『サーキットの狼』は『サーキットの狼2 モデナの剣』という あれから何年後。。。 と繋がってゆく
まとめ
「サーキットの狼」を中心にスーパーカーブームの話をしてきました。
この時代のブームを体験した人で実際にスーパーカーを購入した人も多いと思います。
未だにランボルギーニ カウンタックやミウラ ライバルのフェラーリ ディーノや308BBそしてランチア・ストラトスなど魅力的なデザインのクルマは、今でも色あせることはありません.
サーキットの狼はここで読むことができます
アマゾン Kindleでも読むことができます。
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